the history of giun temple

東谷禅師印可状
県指定文化財

鉄山禅師頂相
県指定文化財
賛 古月禅材

開基:石坂 筑後守次
    (義雲院殿一圓宗信居士)
武田家家臣 鉄山禅師の父
開山:鉄山宗鈍(霊光佛眼禅師)
静岡臨済寺第四世、妙心寺第八十世
鉄山宗鈍(てっさんそうどん)禅師 (1531〜1617)

武田信玄の臣、石坂筑後守次包を父として甲府市、古上条に生まれる。幼少より英知、聡明で、恵林寺快川国師について得度。その後、静岡臨済寺の大原崇孚、東谷宗杲ら名僧に師事する。1567年6月、師匠である東谷宗杲より、印可(悟りを得たことを証明認可すること)を受ける。1572年、臨済寺第4代目の住持(住職)となる。
1575年、京都妙心寺の第80代目の住持となる。1617年に示寂する(この世を去る)まで、山梨の恵林寺、埼玉の平林寺等現在名刹と呼ばれる寺院の再興に尽力した。また、若い頃は学問僧として、京都天竜寺の策彦周良について詩文を学んだという記録も残っている。



創建当時の資料が存在せず、創建年代は不詳だが、鉄山禅師が活躍していた時期と照らし合わせると、義雲院は四百年〜四百五十年の歴史があると考えられる

義雲院沿革